2014年5月19日月曜日

Photo: 旧古河庭園のバラ

久々にPhotoをpost。
毎年春バラと秋バラの季節は、花写真好きの自分にはたまらない季節なのですが、今年は、バラ園で有名な旧古河庭園に行ってみました。
さすが、名所とあって、込み具合は半端なく、正直花を愛でるという雰囲気ではなかった(苦笑)ですが、でも見たことのない品種のバラをいっぱい見れたのはよかったです。

「初恋」という品種。かなり大ぶりなバラでしたが、中心部のピンクの入り方が
絶妙でした。


洋館と。この洋館もすごく雰囲気があって好きです。

この庭園のバラはグラデーションがあるバラが多くて新鮮でした。

一番好きだったバラ。色のコントラストが何だか夢の中みたいでした。


サーモンピンク。


黄色とピンクのグラデーション。

妙に迫力があったピンクのバラ。

中がつまったタイプのバラ。こういう品種も可憐でかわいかったです。



2014年5月18日日曜日

La Rencontre de deux Géants - Partie 2 〜Rimbaud Spectacle Musical キャスティング〜 

If you prefer to read in English see here.

さて、いつものように間が空いてしまいましたが、ランボーができるまで、の第一弾に引き続き、第二弾。今度はキャスティング編です。
第一弾はこちら。

あくまで、個人的な予想ですが、2007年から7年ほど経過しているので、lectureのときに出ていた人全員が揃う可能性は低いかなと思います。それぞれ気になる人たちではあるのですが。。。でも、キャスティングが決まるプロセスが読んでて意外と面白かったので、こちらも載せてみることにしました。

というわけで、後半の「キャスティング編」です。


2007年のlecture(プレビュー公演)の時のキャスト。

左から、ジョナタン・セラーダ(アルチュール・ランボー役)、リシャール・シャーレ(ポール・ヴェルレーヌ役)、リュシー・ベルナルドニ(マチルド・ヴェルレーヌ役)、パブロ・ビアフランカ(ジョルジュ・イザンバール役)、パスカル・ラファ(エルネスト・ドラエー役)、ソフィー・デルマ(ヴィタリー・ランボー役)
それぞれの役の関係についてはこちらをご覧ください。

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このすばらしいプロジェクトの成功には6人の 賢明な選択も含まれていた。6人の役のキャスティングである。6人というのはそれほど多くはない。だが選択は選択である。役の人数はそれほど多くはない が、これらの役はすべてとても印象的な役である。ヴィタリー、マチルド、ポール、アルチュール、ジョルジュ、そしてアルネストになるのは誰か。キャストは台詞や メロディーと同じぐらい重要である。間違いは許されない。

一番最初に割り振られた役は、若きアルチュールの長年の脇役であったアルネスト・ドラエーの役だった。リシャールは、このプロジェクトについて、パスカル・ラファと2005年から話をしていた。彼は、アルノーとリシャールと以前、ロレット・フュガン財団*のための「Le Cœur des Femmes」のアルバムで一緒に仕事をしたことがあった。

*リシャールの奥さんのマリーさんの妹さん(白血病で若くして亡くなっている)を偲んで設立された財団。リシャールのFBにもロレットさんのことがときどき出てきます。
 
二番目にこの冒険に仲間入りしたのは、 ソフィー・デルマだった。リシャールは、2001年にラジオ番組で彼女に初めて会った(リシャールは、ノートルダムで、ソフィーは「巨大なる戦場」で。)。そして、2回目に会ったのは、風と共に去りぬのキャスティングのときだった(このとき、リシャールは、レット・バトラーの役のオファーを断っている。)。彼女と同じステージに立つことはリシャールにとって願ってもいない夢だった。最初のデモ録音のときに、彼は急いで彼女にヴィタリー・ランボーの役をオファーした。

余談ですが、ソフィーさん、この間のフランス版The Voiceシーズン3に出場していました。Voiceは、そもそもコーチにGarouがいたり、ロミジュリやMozart l'Opera RockのアンダーをやってたNuno Resende、1789に出てたLouis Delort (どちらもファイナリストまでいったはず。)等々ミュージカルにつながりのある人が結構出場しているのですが、ソフィーさんの場合、マンマミーアで主役をやっていたり、他にもいろいろミュージカルに出演しているはず(去年はピノキオにも出演。)なので、Voiceに出演というのは結構びっくりしました。。。Voiceは結局あまりいいところまでいく前にeliminateされてしまったみたいですが…。彼女が歌うヴィタリー結構好きだったので、本公演で見れるといいなあ、とか思ったりします。そして、リシャール、バトラー役、断っていたということをこれを読んで初めて知りました。何だかもったいなかったような気もするけど、いろいろ事情があったんだろうか。

その次はパブロ・ビアフランカ(「十戒」)だった。 リシャールは既に、何度も彼と顔を合わせたことがあったが、きちんと知り合う機会はまだなかった。ある日、パスカル・ラファがリシャールにおもしろいSMSを送ってきた。そのSMSには、パブロのことが書かれており、パブロとパスカルはその前の日に出くわしていたのだった。ちょうど「ジョルジュ」(ランボーの若き教師であったイザンバール。)役がいなくて困っているときだったので、そこでひらめきが起こった。お互いのことを知るためにランチをし、これでジョルジュ探しは完了した。

パブロさんは上記のとおり、十戒等に出演していた方ですが、日本の公演のときも来ていたらしい。(→当時のブログにポスターが出ていましたが、おそらく右下の白い服の人な気が。Josué役だったらしいです。)
十戒に興味がある方はこちらから映像が見れます(いつまで見れるかわからないけど。)。
https://www.youtube.com/watch?v=FzdlpaR4pdc
そしてピノキオにもソフィーさんと一緒に出演していた模様。。。世界は狭い。そういえば、ローランと一緒にコンサートに出てる映像を見たこともあった気が。

しかし、まだポールとマチルド、そして何よりも主役である「太陽の息子(le Fils du Soleil)」を探さなければならなかった。このときにはMySpaceが活躍した。リシャールの「MySpace friends」のリストの中に、彼は自身がその前の年に曲("On ne connaît personne")を提供した青年を見つけた。 彼の写真の隣にもう一人の「友達」-すなわちアルチュール・ランボー-の写真を並べてみた…このとき、リシャールにひらめき(illumination)が起こった。彼が、まさに「アルチュール」ではないか… これが、「新たなスターを探して(Recherche de la Nouvelle Star)」の優勝者であるジョナタン・セラーダである。パブロはこの青年について全く知らなかったが、彼こそがランボー役をやるべきだ、と言い、2日後、パスカルがスタジオでこのベルギー人青年を招き、リシャールを呼び、彼について話をしたのだった。

ジョナタン、ですが、確かに7年前のレクチュールのときは、うわ、この人、めっちゃアルチュールっぽい!と思ったのですが、年月を経た今、ちょっとその面影は…。とか言ってはいけないのですが、ちょっと難しいかもというのが私の個人的な感想です。2004年のEurovision(ヨーロッパの伝統ある音楽コンテスト)にフランス代表としても出場していた(wiki)ようなので、実力はある方なんだとは思うんですが。しかし、Myspceっていうのが時代を感じさせる笑。今、Myspace使ってる人なんているんだろうか。。。

マチルドの選択については、リュシー・ベルナルドニ(スター・アカデミーのファイナリスト)だった。彼女とリシャールはロレット・フュガン財団のマーチでその前の年に会っていた。マチルドに、彼は優しさ、キャラクター、そして若々しく愛らしい声を持っている人物を探していた。MySpaceによって彼は彼女にたどりつくことができた。ある日、彼女のプロフィールに、「このページに載ることができてうれしい」と短いコメントが載せられていた。もうこれ以上言葉はいらなかった。彼女こそがマチルドだ…もしオファーを受けてくれるのなら…

リュシーは、才能がありながら23歳の若さで亡くなったグレゴリ・ルマルシェル(フランスでは今でも彼の命日になると歌手の人たちが追悼メッセージを寄せるのを目にする。)の彼女だった人ですが(デュエット映像→こちら)、高音が美しい&今もめっちゃ可愛い人なのでもし見れたら見たいなあと思ったりします。

ヴェルレーヌ選びについては、アルノー・ケランがアイディアを提案した。リシャールは、この役のデモ録音を行っていた。そしていつも理想のシンガーを探していた。そして、その頃 アルノー氏がさらりとこう言った。「この役、君にぴったりだと思う。自分でこの役をやるべきだよ。」そして、6人、そうまさにぴったりの数字、のキャスティングが完了した。これで、ミュージカルを始められる… 録音は、夏の初めに行われた。そして最近、ミキシングが行われ、曲の抜粋がインターネット上に公開された。2007年の終わり、パスカル・ラファは、この冒険から離れることを決めた。彼個人のプロジェクトに時間を取られすぎてしまったのだ。

さてさて、リシャールがヴェルレーヌ役になった経緯ですが、ここにもあるように、本人の意向では全くなかったようです。(アルノーさん、次回もリシャールに舞台に出るよう是非プッシュしてくれ笑。)この文章を書いたセリーヌさんがおっしゃるには、リシャールすごいヴェルレーヌ役がハマっていたらしいのですが、私的に家族を捨てて若い男に走る詩人(爆)、っていうイメージがどうしてもリシャールに重ならず(笑)、、、でも、だからこそ逆にリシャールのヴェルレーヌを見てみたいという気もします笑。そういえば、ヴェルレーヌの歌と思われる、やったら暗い曲(もちろんリシャールが歌っている。)がMySpaceにあったのですが、ヴェルレーヌのねっとり感(笑)がうまく表現されていた気がします。

ここでまた新たなエルネスト・ドラエーを探さなければならなくなった。リシャール・シャーレは、ジョナタン・セラーダと同年代のケベック人の若手歌手を求めていた。彼は再びMyspaceのマジックを使うことにした。こうして彼のリサーチにより、マルタン・ジルーにたどり着いた。彼は、2004年のカナダ版スター・アカデミーに参加していた。何通かのメールのやりとりと電話のやりとりがあり…マルタンはエルネストとなったのだった…これで再びチームが勢揃いした。


冒険はまだ始まったばかりだ…輝かしい未来のまさに始まりである…まだやらなければいけない作業はもちろん残っているが、すでにプロセスは進行中である。正しい道を通り、道はしっかりと準備できている。これこそランボーのマジックだ。このプロジェクトは、2人の情熱を持った才能ある友によって作られたものであり、彼らは、特別な世界-彼らの思い描くランボーの世界-に私たちを誘う方法を知っているのだ。こうして、物語は始まった…

最後は、7年前の話なので、まだ始まったばかりだ、みたいになっていますが、今頃は、いろいろ詰めの段階、なんでしょうか?(最近、ランボーの話はリシャールまったく出てこないので、全然謎なままですが。)

というわけで、とりあえず、ランボー関係のお話は公演まではこれで一区切りになるかなあと思います(リシャールがなにがしか発表してくれたらまた記事にはできると思うのですが。)。公演、2014年か2015年って言っていたけど、何だかこの調子だと2015年なのかなあという気がしなくもない。。。まあ、いずれにしても、待ってるとは思うけど笑。

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おまけ。

ランボー関係の本(詩集以外のもの)で結構面白い感じだったものを載せておきます。
ミュージカルの参考になるかもです。

■「素顔のランボー―同時代の回想と証言」
Amazon→こちら。


ランボーにゆかりのある人(ドラエー、イザンバール、マチルド、イザベル(アルチュールの妹))のエッセイが集められている本です。それぞれの人がアルチュールをどういう風に見ていたかがわかるので、いろいろな視点でアルチュールの人生について語るというミュージカルの視点にちょっと近いかなと思います。イザベルは、ミュージカルには出てこないようですが、アルチュールを看取った人物です。

■ランボオの手紙
Amazon→こちら。


その名のとおり、ランボーの手紙が収められている本。ランボーの詩は自分には難解すぎるので、手紙ならと思って手に取った本です。実際、手紙なので、詩のように???となる回数は少ない&ランボーの情熱が手に取るようにわかる気がしました。ただ、文体が古風なのがこの本の欠点。


■「ヴィタリー・ランボー―息子アルチュールへの愛」クロード・ジャンコラ著
Amazon→こちら。


タイトル通り、お母さんのヴィタリーの人生についての話です。ヴィタリーは才能あるアルチュールを支配しようとした、とか、抑圧していたとか、割と悪いイメージで語られることが多いようなのですが、この本は、それは誤解だ、むしろこの母がいなければアルチュールは存在しなかったであろう、みたいな切り口で書かれているちょっと面白い本です。そういう意味では客観的な「伝記」ではない気がしますが、誤解された歴史上の人物を釈明するという切り口は結構面白い気がしました。アルノーさんとリシャールもヴィタリーを悪者という紋切り型の切り口だけでなく、こういう視点からも描いているのではないかなと個人的に予想しています。たまたまですが、この本を去年、探し当てたとき、この本の作者(結構有名なランボーの研究者らしい。)について、アルノーさんがFBで言及していて、何だか縁みたいなものを感じた思い出がある本でもあったりします。

2014年5月12日月曜日

Notre Dame de Parisツアーとりあえず終わり、らしい。 〜La "fin" de la tournée Notre Dame de Paris〜

気づいたら、NDPイスタンブール公演も終了。かなり盛況だったようで、シンガーたちも何だかみんなうれしそうだったのが印象的でした。

Robertさんは(今、探してみたら投稿自体消されてしまったようなのですが。。。)2011年から続いていたツアーが今日で終了みたいなことを書いていたので、たぶん、今のカンパニーの公演は一区切りということのような気がします。

ただ、これが、単に、すぐまた公演をやる予定はないけど、またいつかやる可能性はあるのか、それとも、完全に終わり、という感じなのかよくわからず、ちょっと不安になってしまいました…。でも、皆さんのコメントを見る限りでは、完全に終わりというわけではやはりなさそうな気はしますが、でも、少なくとも、次回見れるのはもうちょっと先になる予感。ちょっとさみしいなあ。

これで「終わり」はちょっとさびしい…。この笑顔が早くまた見れますように!

実際、以前の公演の年表をWikiで見ていたら、まとまった公演のあとは数年ブランクがあって、また公演という感じになっているようですね。

そして、この一区切りに際して、みなさんが美しいまとめコメントを投稿。。。

カジモド役のMattが、載せていたコメント。

「15年の間、世界中いたるところで、だいたい750回くらいの公演をノートルダム・ド・パリと共にツアーでやってきた。ここ数年のワールド・ツアーが先週の日曜日、イスタンブールで終わりを迎えた。

家族、友達、同僚、ファン、プロダクション、本当にありがとう。
それにしてもかなり信じられないような経験があったなあ。
ジャンプするときがついに来た!!!」

という言葉と共に本当にMattカジモドがジャンプしてる写真が添えられている笑。

何だかこんな書き方だと、Mattはこれで公演からさよならをしてしまうのか?!とか一瞬考えてしまい、ちょっとドキリとしてしまった。次回の公演自体もいつあるのかわからないから、こういう書き方なのだと思うんだけれど(思いたいんだけれど)、15年ともなると、そういえば、いつ卒業してもそういえばおかしくはない…ような気もする。。。こればかりは、再演が決まる&Mattが出演してくれる、というのを祈るしかない^^;

そして、リシャールも、Mattと同様に「振り返り」の文章をFBに載せている。

「NDPのキャスティング:1999年モントリオール、リュック・プラモンドンの前で。

それ以降:

フランス、ベルギー、スイス、イタリア、カナダ、レバノン、中国、韓国、台湾、ロシア、日本、シンガポール、トルコ
  
667回のショー。最後のほのかに香る香水…

名誉、努力、幸運、仕事、タイミング、努力、たくさんの好調、時々あった不調、仕事、努力、過酷だったこと、エアーマイル、Ping(註:リシャールのこと)、Wong(註:Mattのこと)、Zing(註:Robertさんのこと)、そしてずっと一緒だった友達/同僚たちみんな、キャスティング、テクニシャンのみんな…

ノートルダム・ド・パリ。
教会をはるかに超えた存在。
ビフォー、アフター。

計り知れないほどの応援、どうもありがとう。

イスタンブールに想いを馳せて!

R.」

意外とリシャールの文章は単純なことばが並べられてるのですが、いざ日本語にすると何だかぎこちない、というかちょっと自信ない。。。ちょっと、ポエティックな感じというのもあるとは思うのですが…。

というわけで、リシャールも完全にまとめモード。。。プラモンドン先生の前でのオーディションから遡っちゃってます(どんな感じだったのかいつか聞いてみたい。。。)。
そして、ノートルダムを教会を超えた存在、と表現していることもすごく絶妙。。。
本当にそうだわ。。。

マットの話も、リシャールの話も、読んでいて、二人ともNDPの歴史とともに歩んできたんだなあということが感じられて、けっこう感動してしまいました。ツアーで家族と離ればなれ(ロベールさんが、3年連続家族と離ればなれのクリスマス、とシンガポールにいるとき嘆いていたけれど苦笑。)だったり、いろいろ大変だったと思うけれど、ノートルダムドパリというすばらしい作品を世界の人に届けるために、世界を旅して回ってくれたというのは、本当に有り難いことだよなあと思いました。

自分の場合、たまたま、RJ→パリ遠征→NDP(東京&シンガポール公演)とほぼ間を空けることなく公演を見ることができたけれど(しかも、フレンチミュージカルのことを知ったの自体かなり最近なので、長年のファンの人のように首を長くして待っていた、ということもなかった。。。)、よく考えれば、海外(特に本国フランスやケベック)では、長いこと公演が行われていない場所もあるし、自分はかなりラッキーだったんだよなあと今になって思います。

そして、マットやリシャールたちに会えたのも、よく考えれば、全くの偶然。
偶然に感謝。

たくさんの感動と、たくさんの思い出と、たくさんの夢と。
本当にありがとう。
そして、また会う日まで!

See you again, hopefully... very soon!



2014年4月29日火曜日

La Rencontre de deux Géants - Partie 1 〜Rimbaud Spectacle Musical ができるまで〜


If you prefer to read this article in English, see here.

さてさて、気づけば、NDPのルクセンブルグ公演が終わり、現在は、トルコのイスタンブールで公演中。最終日までソールドアウトだと、リシャールがうれしそうに報告してくれていましたが(Lux公演も確かソールドアウトしてた気が。)、やっぱり西側でのNDP人気は絶大なんだなと思いました。


久しぶりに元気なリシャールやマット、そして愉快な仲間たちを見ることができてうれしいこの頃です。


Zorlu Center でのBack stage映像。
https://www.facebook.com/photo.php?v=250671758449739&set=vb.141486832701566&type=2&theater

いやあ、やっぱり懐かしい、日本公演の3人のBelle。またYvanのフェビュス見てみたいわ(気づいたら一児の父になっていたYvan笑。でも、おめでたいです。)。
残念ながら、やっぱりリシャールは出演せず(涙)。でも、きっとライブで数多くの観客を感動させていることでしょう。

さて、本題ですが…笑。


時が経ちすぎていて恐縮ですが、、、今回は、ちょうど1年前くらいに自分がリシャールが作ったミュージカルのランボーを知るきっかけになった文を紹介してみたいと思います。


そもそも実は、この文章の翻訳をしようとずっと思っていたのですが、すでにあらすじはこちらにまとめたし、かつ、インタビューで被っているところもあったので、そのままになっていました。

でも、改めて1年経って翻訳をし出したら、やっぱりこの話面白い、と思い、完全訳を作ってみることに…。

読んでるとアルノーさんとリシャールのかけあいがなんだかおもしろい^^

仲良しさんな二人です。

この文章、前半は、ミュージカルができるまでの道のりが語られていますが、後半は実はキャスティングについてのお話になっています。

まずは、前半のミュージカルができるまで、の部分の訳です。


この文章大方が現在形で書かれていますが、日本語にそのまますると時制が何となく変なので、過去形にしている部分がけっこうあります。英語でも、ライブ感を出すためにわざと過去の話でも現在形を使って話すことはあるので、そういった意図なのかなという気もします。


原文のフランス語はこちら。
http://rimbaudmusical.free.fr/site/?page_id=29





二人の巨匠の出会い

「最高のメロディーをもたらすのに不可欠な詞を書こう。」


ヒットの予感の記録


このミュージカルの始まりはかなり昔に遡る。


ランボーがリシャール・シャーレの人生に本格的に登場したのは、彼がケベックのラヴァル大学に在籍し、Dormeur du Val(谷間で眠る男)についての詩作の授業を受けていた1995年のことである。彼は、人生で(ランボーと)再び出会うことを運命づけられていたのだ!


というわけで、リシャールは大学時代は文学青年だった?模様。。。

題名からして、訳に困ったのですが、原文は、CHRONOLOGIE D UN SUCCÈS ANNONCE。chronologieは英語とほぼ同じで、年代記とかそういった意味なので、要するに時系列に追った記録という意味だと思うのですが、annonceがなかなかつかめず。。。知らせ、広告等の意味が多いですが、しるし、現れ、兆しという意味もあるので、成功の兆し→ヒットの予感、とやや飛んだ訳にしてしまいました。

1999年6月26日、このプロジェクトの創作を決定づける出会いが起こった。
リシャール・シャーレとアルノー・ケランの2人は、フランシス・カブレルの13回目のアスタフォールでの集会に、パリジャンであるアルノーは、作詞家として、ケベコワであるリシャールは、作詞家、作曲家、演奏家として、選出されていた。この10日間の間、たくさんのやりとりが行われた…アルノーは、シャーレ氏のCDの曲を聴き、リシャールのほうでは、ケラン氏の詞を見つけ、そのうちの一つに、文字通り、惚れ込んだ。その詞とは、親不孝な息子とその母の関係性として描かれがちなヴィタリー・ランボー夫人についてのものであった。アルノーは、すでに実際、アルチュール・ランボーの人生の虜になっていた。この2人の相棒たちは、1999年7月3日に再び会えるかどうかもわからないまま別れた。


以前の記事でも書いたのですが、フランシス・カブレルの集会(という訳でよいのかちょっと自信がないのですが。。。)というのは、若手ミュージシャンの育成を行う場のようで、そこで、二人は、ミュージシャン、作詞家として、運命の出会い(笑)をしたようです。

それにもかかわらず、2000年2月、リシャールは、ノートルダム・ド・パリのカンパニーの一員として、舞台に出ていたとき、アルノーと再会した。その少し後で、彼は、15区のスタジオ・コペリアで「ヴィタリー・ランボー」を録音した。そのとき、アルノーは、彼にランボーの伝記を貸したのだった。


彼らが、パリのポンチュー通りのセブンズカフェで再び出会うまでには、2004年12月まで待たなければならない。このときリシャールは、しばらく前から頭の中にあったあるアイディアをアルノーに打ち明けた。「ミュージカルを書かないか?でも単なるミュージカルじゃない!もっと、普遍的なテーマ(野心、暴力など…。)について取り組んだものをね。」アルノーは、これから彼らを待ち受ける膨大な仕事に、躊躇し、二の足を踏んだ。リシャールが彼を説得するのに、数分しかかからなかった。

その日、彼はケベックから戻ってきたばかりで、彼の母親の家で眠ったままになっていた小さな掘り出し物を持ってきていた。3年前に借りたあの有名な伝記である!彼は、その本を彼と、すべてを賭けてこの冒険に乗り出そうとする者の間のテーブルに置いた。彼は、すでにこのミュージカルをどの方向に向かわせたいかわかっていた。普遍的なテーマはもちろんのこと、少しばかり、ランボーの人生を通して…。

2人はお互い見合い、お互いの意思を確信した。彼らはお互いわかっていたのだ。アルノーは、訝しげにリシャールに尋ねた。「でも、こんなもの今までなかったよね?」リシャールは即答した。「そんなものあるわけないじゃないか!」

ランボーのミュージカルの冒険はこうして始まったのである!

4年間のブランクがあったにもかかわらず、やっぱりミュージカルを書こうと思ったということは、リシャールにとって、アルノーさんの詩、そして、ヴィタリーという女性がよっぽど強い印象を残していたのかなあという気がします。そして、この話からも、二人の性格がすごい出てる気が…笑。「ミュージカルをやりたいんだ!」と熱っぽく語る猪突猛進型(笑)のリシャールと、「ちょっと待ってくれ。」と一瞬考える熟考型のアルノーさん^^ 二人の会話が目に浮かびます。にしても、3年アルノーさんから伝記を借りっ放しって、これ、世間でいう借りパクってやつじゃ、、、?!まあ、愛読書だったのでしょう笑。

さて、フランス語ですが、Qu’il pose sur le guéridon entre lui et celui qu’il veut à tout prix embarquer dans cette aventure. と突然冒頭にqueが出現。こういう文結構見かけるのですが、英語ではあまり見ないパターンな気が島します。疑問文でも英語のMay〜!のような祈願に当たる文でもないので、そのまま文が続いてるようにして無理やり訳してしまっていますが、あまり自信はなく。。。そして、Un regard…Complice…という部分。イメージとしては(若干妄想あり笑。)リシャールとアルノーさんがカフェのテーブルで一瞬無言になり、お互い見合って、うん、と頷く、みたいな男の熱い友情エピソードチックなシーンみたいなことを言っているんだろうという想像はつきましたが、ぼんと名詞でこられるとどうつないで良いかわからずちょっと困りました。。。regardは英語のgazeに近い感じでじっと見ること、compliceは共犯の、ひそかに合意を示す、の意味なので、まあ心得顔で、というような意味だとは思うのですが。そして最後の2人の台詞(爆)。Arnaud, dubitatif, s’interroge : « Mais ça n’existe pas déjà ? » Et Richard du tac au tac : « Bah, ça se saurait! »。わからなすぎました。。。最初のアルノーさんの台詞は疑いのまなざしで聞いた、とあるので、でも??みたいな展開になると思うので、ここの部分のdéjàはyetということなのだと考えました。というわけで直訳は、「でも、そのようなものはまだ存在していないよね?」ということな気がします。そして、リシャールの返事。辞書には、この表現が成句として載っていて、そんなことありえない、もしそれが本当ならみんな知っているはずだ、という訳が当てられているので、「もちろん、そんなミュージカルは存在しているはずはないじゃないか!」ということになるのだろうと解釈しました。


2005年1月3日から、2人は、伝記の読み込みを始め、詞を書き始めた。「ヴィタリー」はすでにできていた、その後、「Charleville, mon soupir(シャルルヴィル、僕の溜息)」(ソウルでのノートルダムドパリのツアー中である2005年1月にリシャールによって作曲された。)ができた…

この話を見てみても、どうやらリシャールは、NDPで旅しながらこのミュージカルの構想を同時に練っていたようですね。そういえば、Charleville, mon soupirは、故郷を憶うちょっとノスタルジックな雰囲気の曲なので、ツアー中に書いたと言われると何だか納得でした。

アルノー・ケランは、ランボーはとても情熱的な人生を送り、類稀な経歴を持つ人物だったので、ランボーの伝記の中には、「曲の解決策がたくさんあったんだ。」と語った。それは、偉人の一人、文学の天才、流星(註:のように人生を送った人ということ?)に関する人生についての伝記であり、曲に使用された参照箇所は、この偉大な詩人がどのような人物だったかについて客観的な見方ができるよう多岐に(ヴィタリー・ランボー、ジョルジュ・イザンバール、マチルド・ヴェルレーヌの視点から)わたっている。

この文章、多分、以前紹介したアルノーさんとリシャールの映像のアルノーさんが話していることと被っている気がするのですが、ランボーの1人称的な視点だけでなく、他の人の視点も組み入れながら、ランボーの人生を浮き彫りにする、という話に個人的にすごく興味を持ちました。

意外に単純そうで訳しにくいのが、vie intense 。intense lifeということなわけですが、intenseは英語と同様、強烈なとか激しいといったような意味を持つことばなのですが、要するに、波瀾万丈なジェットコースターのような人生(短く、太く生きた)のことを指しているのではないかと思います。流星というのも短い人生を流星のようにまばゆい輝きを持って生きた人、という意味合いが込められた比喩なのかなと思いました。


さらに数多くの文献を読んだ後に、アルチュール・ランボーの足跡をアルデンヌ地方の奥深くまで実際に巡った。シャルルヴィル、デュカル広場、ムーズ川のほとり。すべてを吸収した。

そういえば、去年、NDPアジアツアーの後、リシャールとアルノーさんはシャルルヴィル巡りをしていたようなのですが(リシャール、めっちゃうれしそうだった笑。)、それ以前にもランボー巡礼をしていたようですね。シャルルヴィルは、実は、フランスの中でもかなり北部のベルギー寄りの都市で、写真で見る限りでは、風光明媚な地方都市という感じがしました(だからこそ、アバンギャルドのランボーは、こんな田舎でなんて、やってられるか、となってしまったのかもしれませんが。。。)。デュカル広場やムーズ川はランボーゆかりの場所で、Charleville, mon soupirにも歌詞として登場します。

最後に出てくる、L’imprégnation est totale. imprégnationは、浸透、染み込ませること、の意味なのでちょっと「?」となったのですが、シャルルヴィルの旅で全て染み込んだ=そこで得たインスピレーション等をすべて吸収した、と解釈しました。


「どうやって曲は生まれるのか?」という質問に対し、アルノー・ケランは、以下のように答えた。「Charleville, mon soupir(シャルルヴィル、僕の溜息)、Fils du soleil (太陽の息子)や残りのその他の曲は、まずは実際の情報から始めて、その後インスピレーションに導かれるままにしておくんだ。それを修正して、また試してみて、削って、また書いて…ちょっとそれらを寝かせておいて…ほら、実際のところ、曲っていうのは、終わりっていうものが全然ないんだ。でも、どこかの時点でストップ、と言わなければいけないんだけれどね。」

そして、その結果、アルチュール・ランボーの人生をすべて完璧に凝縮した魔法や感情に溢れた曲が誕生した。

曲に続いて、シナリオ、デモ録音、書類、面会が行われた…

リシャール・シャーレはこう説明する。「ネガティブな反応をもらうことも何度かあったけれど、かえって、それで、さらに続けようという気持ちになったんだ。そういった反応は多分、さらに期待してくれているということでもあると思ったから。」

この部分、ちょっと、リシャールの男気を感じる部分だったりするのですが(笑)、 ネガティブな反応をもらうことで、逆にがんばろうと思った、というのは、すごく人間として強い精神を持った人なんだなあと思いました。ストイック。さらには、批判は、期待の裏返しである、という考えも、すごくポジティブで、人間ができた人だわ、とちょっと感動した一節でした。

そして、フランス語。すみません、maquettes, dossiers, Rendez-vous、と出てくるのですが、maquettesは本来模型の意味ですが、音楽業界では、デモ録音みたいな意味(英語ではscratch trackというらしい。)らしいのですが、dossiersとrendez-vousが漠然過ぎて、何を言っているのかわからず微妙な訳になってしまいました。ペーパーワークはプロジェクトを行うのに必要だし、約束も同じ理由で必要なので、ごく普通に訳してしまいました。

自分たちが心血を注いだこのプロジェクトを発表し、これまで取り組んできた自分たちの作品のより具体的なヴィジョンを示すため、リシャールは、パリで一連のショーケースを行うことを決めた。ショーケースは、まず最初に、プロ向けに2007年6月7日にテアトル・コメディアで、また、25日にエスパス・カルダンで、私的な公演が行われることとなった。その後、一般の人々向けに、再びパリのヴァンチエンム・テアトルで行われたミュージカル・フェスティバルの一環として、2007年7月20日、21日、22日に公演が行われた。

ここなぜか、フランス語だと単純未来で書かれているのですが、下の方にレクチュールの感想が書いてあるので、なぜ単純未来が使われているのか、実は、結構謎だったりします。とりあえず、過去っぽくしてしまいましたが、それでよかったのか。。。

14の曲で構成される未来のミュージカルの抜粋 − 違う世界、別世界... そうアルチュール・ランボーの世界へと誘われる1時間−が披露された。それを真に解き放つシンプルなプレビュー公演。2人は、情熱的かつ満場一致の熱狂的な歓迎を受けた。

30ヶ月の作業の後、2幕、25曲、46の場面(で構成されるミュージカルができあがった)。作業はまだ続く…

というわけで、中断の時期等はあったのかもしれませんが、今年の始めまでミュージカルの作詞、作曲の作業をリシャールとアルノーさんはやっていたということのようです。


lectureの説明部分、実は、みんな名詞句で終わっているように私には見えるのですが、、、Une simple lecture qui dégage tellement… が特にちょっと微妙。dégagerは、解放する、放つ、といった意味の動詞なのですが、何を解放するのかまずわからない。。。のですが、文脈的に、ランボーの別世界を解き放つ、みたいな意味なのかなと思いました。

つづく…

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こぼれ話。

この文章を書いた方は、セリーヌさんとおっしゃるのですが、もちろん、最初は全く存じ上げませんでした。でも、リシャールやアルノーさんのランボーの記事によくコメントを書いていらっしゃる「セリーヌ」さんがいたので、きっとこの方が書いたのだろう。。。とは思っていました。

でも、確信は持てず、時が過ぎていたのですが、リシャールへのインタビュー記事を他の方のFBで紹介していただいたとき、たまたまそれをセリーヌさんが見つけてくれて、「この記事、あなたが書いたんですよね?」と聞くことができました。

やはり、この文章を書いていたのは彼女で、ランボーの2007年のときの公演を何度も見に行ったことがあるそうです。話の糸口を見つけたついでに、彼女の記事を読んだこと、そのおかげでランボーについて知ることができたこと、そして、アルノーさんのことも知ることができたこと等、お礼を言うことができました。ジョナタン(ランボー役の男の子)、ランボーそっくりだったよね。と、ちょっとしたランボートークもすることができました。

ブログをしていて良かったと思うのは、こういう偶然の奇跡がときどき起こることだったりします。

セリーヌさんには何かのきっかけがあったら、ずっとお礼が言いたいと思っていたので、やっぱり小さなことでも何かしらするのは大事だわ、と思いました。

いつもの通り、あんまり素敵な訳とは言えないですが、セリーヌさんの文章を初めて自分が読んだときのワクワク感が少しでも伝わればと思います。

次回、今度は後半のキャスティング部分について書いていきたいと思います!

次回の公演で同じ人が出るとは限らないのですが、キャスティングに至るまでの過程が個人的に結構面白かったので(リシャールがヴェルレーヌ役をやることになったいきさつもちょっとだけ入っています。)一応載せてみたいと思います。

毎度、長くなってしまいすみません。。。

2014年4月25日金曜日

The genesis of Rimbaud Musical ~ La Rencontre de deux Géants - Partie 2~ (ENGLISH)

It's been a while (très désolée!), but here is the latter half of the story of genesis of "Rimbaud Musical" (mainly about casting)... (The first half is here.)
The casting in 2007 will not necessarily be the one in the upcoming version, but  personally, I thought the process of casting was interesting. So, I added this latter part too. 
Here we go... 


A book composed of texts looking back the life of Arthur Rimbaud
by Ernest, George, Mathilde, Isabelle (Arthur's sister)  
The success of this very lovely project also involves the judicious choice of the performers. 6 roles for casting. That's not many but it's a choice! The roles will certainly be not many but all of them will be really present. Who will be Vitalie, Mathilde, Paul, Arthur, George and Ernest? The cast is as important as the texts and melodies ... There must not be a mistake.

The very first role attributed was that of Ernest Delahaye, a long-time stooge of young Arthur. Richard talks about this project with Pascal Lafa from 2005, Pascal, with whom Arnaud and Richard had already previously collaborated on the album "Le Cœur des Femmes" (for the benefit of Laurette Fugain Association).

The second to be integrated in the adventure is Sophie Delmas whom Richard met for the first time in 2001 during a radio show (him, Notre Dame, her, l’Ombre d’un Géant (Cast a Giant Shadow)) and a second time was during the casting of Autant en Emporte le Vent (Gone with the Wind) (at this time he declined the offer of the role of Rhett Butler). One of his greatest wish was to share a stage with her. At the time of first demo recording, he hastened to offer her the role of Vitalie Rimbaud.

Next comes Pablo Villafranca (Les 10 Commandements (The 10 Commandments)) whom Richard has already met many times but really didn't have time to know about. One day, Pascal Lafa sent him a funny SMS mentioning the name of Pablo that they had met the day before. In need of "Georges" (Izambard, a young professor of Rimbaud), it clicks. A lunch to get to know each other and it's done....

He still had to find Paul, Mathilde and especially, the "headlight (leading)" role, the Son of the Sun (le Fils du Soleil)... The magic of MySpace came on the scene at this time. In the list of Richard's "Myspace friends", he found a a young man for whom he composed a title ("On ne connaît personne ") in the previous year. Next to his picture, another picture of his "friends", the picture of Arthur Rimbaud... At this time, Richard had an "illumination (inspiration)". It will be Him, Arthur... Jonatan Cerrada, the winner of "Recherche de la Nouvelle Star (Looking for the New Star)"... It became definitely a must when Pablo, without even knowing Jonatan, recommended his name for the role of Rimbaud and two days later, Pascal, at the studio with the young Belgian, called Richard to talk about him.

For the choice of  Mathilde, Lucie Bernardoni (the finalist of  Star Académie (Star Academy)), whom Richard has met in the previous year in the March for Laurette Fugain Association. For Mathilde, he was looking for a person with sweetness, character and a young and lovely tone of voice. Myspace guided him to her. One day, on her profile, a little comment by Lucie: "I feel good on this page." Simply... no need for more words... She will be Mathilde... If she agrees...

As for Verlaine, the idea of ​​this choice comes from Arnaud Kerane. Richard recorded scratch track for this role. Always in search of the ideal singer. And by that time, Monsieur Arnaud simply says, " You look good in that stuff. You should do it yourself!". And 6, that's the right account ... The casting is completed ... The show can begin ... The voice recording at the studio was done in early summer. Mixing and making the extracts on-line happened recently ... In late 2007, Pascal Lafa decided to leave the adventure, his personal projects eventually taking him too much time. One has to find new Ernest Delahaye. Richard Charest wants a young singer approximately the same age as Jonatan Cerrada and who is Quebecer... He let the magic of Myspace operate again... His exploration led to the page of  Martin Giroux, who had participated in the Canadian Star Académie (Star Academy) in 2004... A few e-mails and phone calls were exchanged ... And Martin becomes Ernest... The troupe is complete again...

The adventure has only begun... The very beginning of the promising future... There is still work to be done, certainly, but now the process has been put into motion, the path is on the right track, the road is paved... The magic of Rimbaud is happening... This project originates from, two Passionate, Talented... friends..., who knew how to let us into this special universe, the universe of Rimbaud that they imagined... The Story begins ...

I found this text about a year ago, and this text in fact influenced my life immensely. And I can't really wait for seeing the actual presentation of Rimbaud musical!

2014年4月23日水曜日

フランス語、語学学校デビューをしました。〜Premier jour à l'école de langue française〜

更新が全くできていない今日この頃。
フレンチネタがあるにはあるけど、最近ちょっと腑抜け状態でした。。。

実は、先週、人生で初めて語学学校で授業を受けました。
自分は帰国子女ではないので、英語は中1から他の人たちと同様に勉強して学んだわけですが、学習塾で受験のために英語の授業を外部で受けたことはあっても、いわゆる語学学校には行ったことはありませんでした。



が、しかし、フランス語を適当に勉強し始めて、はや2年半ほどにもなり、独学の弊害が最近目立つようになり、、、(文法がちゃんと理解できてない、スペルとかちゃんとできない、活用もちゃんとできないから話せない等々。。。)やっぱりフォーマルに語学学校に行ってみようと思い立ちました。

というか純粋にフランス語能力が伸び悩んでいるというのが本音でした。
最初の頃は英語のtransferでひょこひょこ進んできたけれど、ここに来て、本当どんづまり。。。自習ということで、好きなだけ怠けられるというのも弱点でした。(あ、これは私の問題ですが。)。

若干遅いですが、Joyeuses Pâques!うさぎファンとしては
たまらない季節です。。。

で、さあいざ語学学校に行こうと決心したわけですが…。

独学者の人が語学学校に行こうと思って、まず持つであろう悩み。

どのレベルに入るか。

自分の場合、書く、話すは悲惨レベルで、聞くも△、読みはわりとできる(といっても、英語の力を借りている部分が多分にある。。。)、というアンバランスなスキルであることがまず悩みどころなのですが、かといって、超基礎レベルから始められても、それはそれで、自分のモチベーションが下がってしまうので、さて、どうしよう、という話になってしまうのです。

元の写真はもうちょっと赤がきつくないのですが、、、
すっかり春になりました。。。

で、今回、いろいろ悩んだ挙げ句、実は翻訳の授業、しかも中級の授業を取ることにしてしまいました。
先週が初めての授業だったのですが、結果としては、う、、、まずった、と思いました。

これは、この語学学校の授業内容や先生がどうとかという話ではなくて、自分は、翻訳、というものの本質を見誤ったとまず思いました。。。

というのも、翻訳の授業って、よく考えると実はフランス語、ではなくて、日本語について考える授業だったりします。自分は、中級だから文法の説明をしてもらえるかな=中級文法の勉強になるかなという意味合いも込めてこの授業を取ってみたのですが、実際には、周りの方は文法をさらっているのは、そもそも当然であって、彼らががんばっているところはそんなレベルのところではなく、どのような日本語を用いれば、的確に状況を説明できるか、という日本語の運用法についての部分でした(汗)。



というわけで完全においてけぼりを食らった私。。。

翻訳の授業を取ることにしたのは、今仕事でやってる翻訳とちょっと関わりがあるから、あと、普段フランス語の記事を翻訳してブログに載せるにあたって、やっぱり自分のフランス語力の低さにイライラする機会が増えたからでした。

あと、しばらくは、フレンチミューネタが下火になりそうだったので、とりあえず、今必要なのはリスニングとか、スピーキングじゃなくて、翻訳かな、と思ったというのもあります。

が、が、が、この感じだと、自分が勉強したい「フランス語」についての学びができない&結局日本語の勉強になってしまうということになり(いや、この点は翻訳のミソではあるので、大事なことは重々承知なのですが。。。)、やっぱりもっとストレートに文法の授業か、仏検対策とかの授業にするべきだったという気がしてしまいました。

今更、授業変更とか、どうしようと悩み中です。。。

授業の内容も、あんまり興味ないニュースとか、小説とか、どっちかっていうと、自分が翻訳したいこと、知りたいことから離れてしまうので、それも授業をdropしたい理由の一つ。。。

自分の興味があることをのびのびできるフランス語の授業ってやっぱりないんだろうか?
プライベートレッスンとかもちろんあるけど、高いしなあ。。。
いろいろ悩み中です。。。


2014年4月3日木曜日

The genesis of Rimbaud Musical ~ La Rencontre de deux Géants - Partie 1~ (ENGLISH)

日本語版はこちら。

On 5 March, I posted Richard Charest's interview about "Rimbaud Musical" (See here). 

And here, I posted my English translation of the text written 
by Céline that explains the genesis of the"Rimbaud Musical", which I happened to encounter about a year ago. This beautiful text made me intrigued with the musical and the poet Arthur Rimbaud as a whole. And eventually this text brought me to the "petite interview". Some of the parts are mentioned in my interview too but here, you can find more detailed and interesting story about how this musical has evolved from the scratch by the two talented people (Richard Charest and Arnaud Kerane).  

Sorry for a bit clumsy translation (and probably there would be wrong translations) ... but hopefully you can explore and enjoy the fascinating story of the genesis of "Rimbaud Musical" as I did. 

The first half of this text is mainly about the creation of the musical and the latter half is mostly about the casting, so I divided into the two parts.  (Part 2: Casting is posted here.)


Thank you Céline,  for giving me an opportunity to discover this wonderful musical. 

You can find the original french text here (it's on the official web site of "Rimbaud Musical"). 

So, here we go!


The Encounter of Two Giants (Part I)





"I write essential words that bring supreme melodies"

CHRONOLOGY OF A SIGN OF SUCCESS

The genesis of this musical goes way back!

Rimbaud really came into the life of Richard Charest in 1995 during a workshop of poetic creation about the "Dormeur du Val" when he was at the Laval University in Quebec. It was meant to cross his path again!

On 26 June 1999, an encounter which determined the creation of this project happened. Both Richard Charest and Arnaud Kerane were selected for the 13th meetings of Astaffort by Francis Cabrel, Arnaud, the Parisien, as a lyricist and, Richard, the Québécois, as a lyricist, composer and performer. During these 10 days, many exchanges (happened) .... Arnaud listened to the songs of Mr Charest on CD while Richard discovered the texts of Mr Kerane and one of them literally blew his mind : (the song about) Mrs. Vitalie Rimbaud which tries to illustrate the relationship between a bad son and his mother. Arnaud was actually passionate about the life of Arthur Rimbaud. Already... The two buddies separated from each other on July 3, 1999 without any certainty to meet again. 


However, Richard contacted Arnaud again in February 2000 when he sang in the cast of Notre Dame de Paris. A year later, he recorded "Vitalie Rimbaud" at Studios Coppélia in the 15th arrondissement, for his album. At this point, Arnaud lent him a biography of Rimbaud.

It was not until December 2004, that they met at Seven's café at Ponthieu Street in Paris in order that Richard exposed the idea which germinated in his mind for some time to Arnaud. What if they wrote a musical? But it's not a mere musical, no! Rather, a musical that would address universal themes (ambition, violence... ). Arnaud hesitated, and got frightened by the magnitude of work ahead of them. It only took a few minutes that Richard reassured him. That day, he has just returned from Quebec, and reported the little findings which had been in warm slumber at his mother's home. The famous biography that had been lent 3 years before! That book was on the table between him and the one with whom he wanted to embark on this adventure at all costs. He already knew what direction he wanted this musical to go. Universal themes, of course, a little bit as in the life of Rimbaud... A knowing... look... They understood each other... Arnaud asked doubtfully: "But there's no such thing, right?" And Richard snapped back: "Well, of course not! (If there is something like that, I would know it!)". The adventure of Rimbaud Musical has begun!

From 3 January 2005, they embarked on reading biographies and started writing lyrics ... Vitalie has already existed ... Then followed by "Charleville, mon soupier" (whose music was composed by Richard in Seoul during the tour of Notre Dame de Paris in January 2005) ...

Arnaud Kerane states that, in the biography of Rimbaud, "there are a lot of answers for the songs" due to his intense life and exceptional career. It's about one of the greatest people, literary genius, the meteor... The references they used are very diverse in order to have an objective view about what this great poet was like (from the view of Vitalie Rimbaud, Georges Izambard and Mathilde Verlaine) .


In this clip, walking around the places closely connected to the life of Rimbaud,
 Arnaud explains why they chose Rimbaud as a subject of musical.
After that, Richard explains about each character (in French).
You can find the English transcript of this clip on this blog (This person is indeed incredible!!).

Reading a number of books was added to a real pilgrimage in the deep Ardennes, on the footsteps of Arthur Rimbaud. Charleville, Ducale square, the banks of the Meuse river. The impregnation is complete.

To the question that "How is a song born?", Arnaud Kerane gives the following answer: "For Charleville, mon soupir, Fils du soleil or other songs, we always start from the existing information and then let the inspiration guide us. We correct, we try out, we remove, we rewrite ... We let it sleep a little ... You see ... A song will never come to an end actually. But we say "stop" at some point."

The result is here! The titles filled with emotions, magic, which condense the life that Rimbaud had so perfectly.

Followed up by songs, scenarios, demo recording, documents, appointments ... Richard Charest explains that sometimes, there are "negative responses that make you want to continue and perhaps (such responses) expect you more."

In order to present the project to which they are deeply committed and to give a more concrete vision of their work, Richard decided to present a series of showcases in Paris. First, private show cases for professionals which will be held on 7 June 2007 at Théâtre Comédia and on 25th, at Espace Cardin; then for the general public, as part of the Musical Festival at XXème théâtre, again in Paris, on 20, 21 and 22 July 2007. An excerpt from the upcoming show, 14 songs, one hour in another world, a world apart ... that of Arthur Rimbaud ... A simple reading (lecture) that reveals so much ...  The two got warm and  unanimously enthusiastic reception. 

After 30 months of working, 2 acts, 25 songs, 46 scenes ... The work continues ...



(To be continued...)