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2015年4月30日木曜日

Xavier Dolan グザヴィエ・ドランの"Mommy/マミー"鑑賞

ひょんなことからグザヴィエのカンヌの授賞式のスピーチを見て、グザヴィエの"Mommy"について知り、(そう、実は私、最初に知ったグザヴィエの作品はなぜかMommyだったりする笑。)、とりあえずすごいという話を耳にし、これまでの作品を見て(Tom à la fermeだけ未見。)、その作品の鮮烈さに衝撃を受けて以来、グザヴィエを心の中でこっそり応援している。

このチラシ傑作。何種類か種類があるのですが、
このチラシはカンヌのスピーチのことが裏に
書いてあります。

日本版の予告編にはカンヌのスピーチの
場面も挿入されているVerもある。

物語を追ったVer
グザヴィエの映像力。。。

去年のあの感動的な授賞式のスピーチから1年経ち、やっとMommyが日本で公開された。最近はあまり映画館に行かなくなってしまったのだが、久々に初日に映画館訪問。

グザヴィエのマミーに関するインタビュー(日本語)→http://natalie.mu/eiga/pp/mommy 
グザヴィエがマミーについて語るインタビュー(音声/英語)→こちら
なかなか面白い。

初日の最後の回に行ったのだが、結構な人だかり。そして、「グザヴィエって、○○」みたいな会話をしている人をいっぱい見かける。単館系のシアターとあって、来ている観客の人たちもやっぱり眼が肥えた方たちといった印象。

開場まで少し時間があったので、ロビーでくつろいでいると、前にいた青年が電話口で先ほど見たMommyの感動を誰かに熱く語っていた。すごいな、グザヴィエ。とここでまた認識する。

今回、本編上映前にグザヴィエの映画レクチャーのような、ミニクリップが上映された。これが良かった。グザヴィエ作品好きにはたまらない。

そこで取り上げられていたXavier映画の特徴:

①後姿のショットが多い
②前からのショットでも登場人物が伏し目がちだったりして、表情がほとんど読み取れないことが多い
③廊下のショットのシーンが重要な役割を担っている
④どんなに接近したショットでもフレームの人物とかならず距離がある 
⑤スローモーションの多用

ほかにもあったような気がするけれど、とりあえず覚えているのがこんな感じ。
スローモーションについては、Xavierのインタビューで本人も好きと語っていたのを聞いたことがあったので、何となく気づいていたが、バックショットが多いというのは言われるまであまり意識したことがなかった。このレクチャビデオではそれぞれのテーマのシーンがいろいろなXavierの作品から抽出されていて、あーほんとにそうだ、とまさに納得できる笑。

さてマミー本編の感想。

一応、フラ語学習者的視点から、言語について。

出演者も舞台もケベックというかカナダなので、バリバリのケベコワ・フレンチだということはわかっていたが、これが想像以上だった。すごい。とにかく何を言っているかさっぱりわからない。アクセントがとりあえず強烈。。。普通のフランスのフランス語でも映画や日常会話になると、途端に自分の聞き取り能力は落ちるのだが(汗)、今回の映画は10%くらいしかたぶん言っていることが理解できなかった。字幕を見てもどんなフランス語か全く想像ができない。。。でも、ケベコワ特有の罵り言葉であるTabarnakが多用されていたり、anglicismeと言われる英語化した表現やボキャブラリーが随所に見られ(やたらOKと登場人物が言ってた気が。)、いろいろな言語を行き来するのが結構好きな自分としてはケベコワ・ワールドをすごく堪能できた。

実は、自分、再見用にフランスで既に発売されているDVDを取り寄せていた(笑) ので、改めて耳が不自由な方向けの字幕つきで見てみたのだが、実は、フランスで発売されているDVDはフランスのフランス語で字幕が付けられているため、驚くほど言っていることと聞こえる音が一致しない(笑)。Tabarnakはご丁寧に全てmerdeやbordel(全くお行儀のよい言葉ではない。。。)などに置き換わっており、もはや方言というより違う言語の翻訳か?といったレベルだった。そして当然英語の部分はフランス語に置き換えられている。個人的には、オリジナル・テキストで台詞が知りたかったのだが、よく考えるとこれってケベック版のDVDでしか実現できないことなのかもしれない。。。(ケベコワ映画のワナ。。。)

さて、ストーリーについて。 

去年のカンヌのときから追いかけているので、予備知識を詰め込みすぎたのか(汗)、実は、あまり驚きなく最後まで見終わってしまった(でも、周りはすすり泣きの嵐。)。ストーリーも「親子の愛」という意味では、意外とシンプルなメッセージな気がした。

会話もダブル・ナラティブ(2つの物語が並行して進む形)で進むJ'ai tué ma mère、Les amours imaginaires 、Laurence Anywaysなどと比べると、大分シンプルになった気がした。台詞自体の量も減ったような気がするし、独白やインタビュー等、言葉による「説明」が減った分、逆に映像で「見せて」理解させるという部分が増えてより感覚的な、エモーショナルに直に訴えかける映画になった気がした(右脳的映画?笑。)。

台詞にしても、罵りっぽい台詞が続いた後に、ポッと心をえぐるような台詞が出てくるといった感じで、わりとメリハリが利いていた印象だった。これまでの作品の独白やインタビュー部分のシニカルで哲学的なセリフも自分は結構好きだったが、人によってはある意味奇を衒ったというかちょっとお高く止まっているように見える部分もあった気がする。が、今作では、そういう挿入部分がないので、ひたすら泥臭い、というか、登場人物の感じるままに荒削りな言葉たちのぶつかり合いで物語が展開するという感じがした。

ただ、自分は主人公の少年スティーブの感覚に寄り添うにはちょっと年を取りすぎており(あと、残念ながら自分はあんな純粋な心というものをとっくのとうに失っている(苦笑)&思春期の男の子の気持ちというのも女の自分には今ひとつピンときにくいところがある。)、 母の愛の深さ、大きさを等身大で理解するにはいろいろ足りなかったということもあり、今ひとつストーリーにがっつり入り込めなかった。スティーブの天使のような無邪気さ、しかしADHDで抑えることのできない暴力的な側面の対比も「残酷な現実」の設定としてはすばらしいと思ったものの、やっぱりこれも身近に感じるの は少々難しかったというのが自分の本音だった(どちらかというと自分はJ'ai tué ma mèreの母像のほうが自分の経験に重なることが多かった。)。たぶん、中高生の男のお子さんを持つお母さんが見たら、一番物語としては共感できるのではないかなという気がする。

しかし、グザヴィエの苦さと甘さが絶妙に混じったストーリー展開はやはり健在。エンディングもハッピーエンドなようなそうでないような味のある終わり方になっていた。 そして改めて、救いようのない現実に、希望を見出そうと格闘する人々の描き方がグザヴィエはほんとうまいなと感じた。希望といっても甘っちょろいフワフワしたような希望ではなく、現実としっかり向き合い地がついた希望というか、エグいまでの現実を描きながら、本当に闘った人にしか見えない一筋の光のようなものを今回の作品でも感じることができた。だからどの登場人物もある意味かっこわるい、というかがむしゃらに、必死に生きようとしている、希望を見出そうとしている、そういう姿が感動を呼ぶのかなと思った。

特に、自分も結局はなんだかんだで泣いてしまったシーンが最後の母ダイアン(フラ語だとディアンヌというような発音なんだけど。。。)とカイラとの「希望」についての会話。1年前のグザヴィエのスピーチの本当の意味がこの台詞でわかった気がした。会場にあったチラシにもあったけれど、「希望をあきらめないこと」はまさに「勇気」なんだと思った。最後にカイラが去ることを知った後、自らを奮い立たせるために泣くのを必死にこらえるダイアンの姿、実に名演だと思う。

この映画の物語の中心はもちろん息子スティーブとダイアンの「母と息子の愛の物語」であるけれども、そこにカイラという隣人が入ることで新たな「家族」の物語が生まれる。映画を観るまではカイラの立ち位置がイマイチよくわからず「?」と思っていたが、血のつながりでない(心のつながりと形容すればいいのだろうか。)新しい家族像をグザヴィエは提示しているのかなという気がした。

というかもはや「家族」という概念で人と人とのつながりは捉えきれないものなのかなという気もした。心に傷を持った者たちの共同体。自分の世代からすると懐かしいガラケーを手に3人で楽しそうに写真を撮るシーン。観客は何となく悲しい結末を予期しながら、このシーンを見ることになるのだが、3人のこの本当に幸せな様子と結末との対比に胸が本当に痛む。このヒリヒリするような痛み、やっぱりグザヴィエだ、、、と思った。幸せなシーンなのになぜか残酷。

これまでの作品(Tom à la fermeは見てないけど、知る限りでは) でグザヴィエの作品ではいろいろな形での「不可能な愛(l'amour impossible)」がテーマになっていたけれど、マミーもなんとなく希望が持てる終わり方をしているように見えつつも、やっぱり不可能な愛の映画であることは間違いないと思う。先日見たインタビューでも確か、グザヴィエはこのテーマが非常に好きと言っていた。そしてその理由が"humain(人間らしい、人間臭い)"だから、と答えていた。

報われない愛(Les amours imaginairesはまさにこのパターンだし、J'ai tue ma mereは、お母さん側からすればそういうことになると思う。)、お互い愛し合っているが「世間」の枠に最後は敗北してしまう愛(Laurence Anyways)等、つながりそうででもつながれない愛がグザヴィエの作品には多く登場する。Mommyもやっぱり愛を求めて勇敢に闘うけれどもhappily ever afterみたいな終わり方にはなっていない。

そういう意味で、グザヴィエの映画は何となく後味が苦い。でも、そこになぜか必ず感動、味わいがある。 実は、そういった人生の苦さが人間の深みだったりを作り出すものなのではないかという気がする。どんな人も、と言うと言いすぎになってしまうけれども、思い通りにいかないことも含めて人生を愛することの大切さを自分はグザヴィエの作品にいつも感じる気がする。

さて、話題となっていた1:1のインスタグラムのようなアスペクト比について。

最初、自分が思ったのは、何だかやたらと窮屈に見えるなということだった。周囲の様子が見えず、とにかく大抵の時間人物が画面の大半を占めている。特にアップだと本当に人間の顔しか見えない。顔でなくても、それぞれのパーツがとにかくフォーカスされる。表情にしろ物のディテールにしろ、とにかく全てが「見えて」しまう。

グザヴィエはカンヌのプレスコンフェレンスでemprisonner (英語のimprison)と笑いながら解説していたが、確かに、観客はグザヴィエの世界に、スティーブ、ダイ、カイラの生きる空間に閉じ込められる。そして何が起きてもそこから、逃げられない。ある意味息苦しい世界だなと思って最初の方は見ていた。

ここからは若干ネタバレになるが、実は、この映画、全部のシーンが1:1で描かれているわけではない。普通のアスペクト比に戻る瞬間が2回やってくる。これもウワサに聞いていたのでいったいどういうことなのだろうと思ったが、なるほど、、、と思った。ある意味このスクリーンの画面は、登場人物たちの心の窓の役割も果たしていたのだとこのとき気づいた。多分、多くの観客がこの横長のアスペクトになる瞬間に、おー!と思ったに違いない。とにかく映像+音楽のシンクロが美しい。スティーブが「Liberté」と叫ぶ瞬間。すがすがしいまでの「自由」がそこにある。

そして、逆にアスペクトが1:1に戻る瞬間もあるわけだが、こちらもあまりにナチュラルで映画館で見たときは実はいつ元に戻ったか気づかないほどだった。これも登場人物たちの心の揺れ動きに完全にシンクロしている。この演出本当に面白いなと思った。

そして、いつもの通り色使いがグザヴィエの映画は綺麗だと思った。特にこの映画は「青」がすごく綺麗な映画だと思う。

そして、音楽。こちらも前々からオアシスのWonderwallが挿入歌として使われたことが話題になっていた。これ、べたすぎじゃね?疑惑だったが、、、驚くなかれ、このチョイス素晴らしかった。本当にぴったり。

グザヴィエは、音楽の歌詞に物語を語らせることが結構ある。まさに、音楽が「言葉」になっている。MommyでもWonderwall以外の曲にしても、びっくりするほど曲とシーンがシンクロしていた。。。ありがたいことに日本では、ちゃんと歌にも字幕がつく(フランス語のDVDは、挿入歌はBGMの位置付けなので字幕が出ない。)。今回はほとんど英語の曲だったので(記憶にある限りでは、フランス語だったのは、セリーヌ・ディオンのOn change pasぐらいだった気がする。)、聞き取れることは聞き取れるのだが、それでもやっぱり字幕は有難い。感動が2倍になった。

Xavier監督作品のミュージック・リスト。
http://1overf-noise.com/xavier-dolan/xavier-dolan-sound-track/
私、エンドクレジットから書き起こしてたよ笑。

 On ne change pas - Céline Dion 

Wonderwallのシーンはもちろん良かったが、個人的には予告編等でもよく使われていたCounting CrowsのColorblindのシーンのほうが印象に残った気がする。曲、映像の醸し出す透明感がすごく美しかった。

 Counting Crows - Colorblind

そして、エンディングのLana Del ReyのBorn to Die。これも良かった。これも再見して気づいたのだが、最初のイントロが見事なまでに映画のエンディングとシンクロしている。そして、「愛だけではどうにもならないことがある、でも愛さずにはいられない」というこの映画の一番大きなテーマを端的にまとめている。

Lana Del Rey - Born To Die

そして、1990年代後半〜2000年代前半に青春を過ごした人たちにとっては、音楽、小道具、ファッション、雰囲気、そのどれもがすごくノスタルジックだと思う。あの頃の甘酸っぱさを自分も思い出しながら映画を見ていた。

さて、いろいろ書いたが、全体としては、いろいろな観点から見て楽しめる映画だったと思う。そして、改めて「愛」とは、「希望」とは?と考えさせられた。

グザヴィエの次の作品は英語("The Death and Life of John F. Donovan")とのことだったらしいがその前?にマリオン・コティヤールなどが出る作品"Juste la fin du monde"(たぶんフランス語?)が制作されるらしい(こちら)。

しかも、今年のカンヌでグザヴィエは審査員を務める。ほんとにenfant terribleだ。
この快進撃がさらに続くことを願ってやまない。

グザヴィエのカンヌでのスピーチの言葉、「Tout est possible a qui reve, ose, travaille et n'abandonne jamais(夢を持ち、挑戦し、頑張り、諦めない人にはどんなことも可能である。)」は、1年経った今でも常に私の傍にある。携帯の待ち受けもこの言葉だし、職場のパソコンにもこの言葉(笑)。

この言葉は、実にシンプルで、実に正論、かつ一つ一つは目新しい言葉ではない。だが、これを実践して、本当に夢を叶え、人々にインスピレーションを与え続けるグザヴィエの言葉だからこそ、大きな意味を持ち、確かにこの言葉が大きな「希望」となるのではないかと思う。

自分を奮い立たせようと思う時、自分も常にこの言葉を思い出していた。

ティーンエイジャーだった頃、「希望」なんて甘っちょろい言葉だと思っていた。何か幻想のようで、うそっぽいというか偽善を感じる言葉だと思っていた。

でも、グザヴィエのまっすぐなまでの希望のスピーチを見ていて、なぜだかわからないがその純真なまでの熱い思いにすごく心を動かされた。そして、「希望」の持つ大きな力に気づくことができた。希望こそが自分を信じる力を人々に与え、前に進む勇気を与えてくれるものなのだとグザヴィエは教えてくれた。年など関係ない。大事なことはその人がどんな生き方をした人であるか。そういうことなのだと思う。

これからも陰からグザヴィエを応援しつつ、いつかリアル・グザヴィエを日本で拝める日が来ないかと祈ってみたりする。

2014年6月1日日曜日

Xavier Dolan - "Mommy" 25歳でケベックのグザヴィエ・ドランがカンヌで審査員賞を受賞

いつもはほとんど興味を持たないカンヌ映画祭だが、カンヌのニュースをちらちら見ていたら、ケベック出身のグザヴィエ・ドランが監督した"Mommy"がとっても話題、という記事を発見して、ちょっと興味を持つ。

グザヴィエ・ドランについては、10代の頃から映画を制作していて、すごく高い評価を受けている、ということは耳にしていたし、去年、フランス映画祭で確か彼の「Laurence Anyways(わたしはロランス)」が話題になっていたので、何となく認識はしていたものの、何だか色使いが派手だなと思って、自分が好きなジャンルではないだろう、と勝手に判断し、実は映像等はきちんと見たことがなかった。

でも、何となくやっぱり気になって、最新作"Mommy"の映像を見たところ、「おー!」と思わず叫んでしまった笑。インスタグラムみたいな1:1のアスペクトの映像の中に少年の瑞々しさがまさに閉じ込められている!!!美しい。お話としては、ADHDの少年とお母さんとの物語らしい。
→追記:2015/04/30 マミーを鑑賞しました→感想はこちら
Xavierのマミーに関する面白いインタビュー(音声/英語)→こちら。 マミーの背景を詳しく語ってくれています。


追記:最新のtrailerが公開に。




そして、Laurence Anywaysもちょっと気になってしまい、とりあえず、あらすじを読んでみると(基本ネタバレしてから映画を見るという世にも無作法な人間(苦笑)。)男性として生きてきた恋人がある日、自分は本当は女として生きたいんだ、と告白し、相手の女性は一度は拒絶しつつもそれを受け入れようとするというすごく複雑な愛の物語…。監督のグザヴィエ自身がゲイを公表していることもあって、「愛」といっても、実に様々な「愛」と愛に対するチャレンジが語られているらしい、ということを知る。

下記でリンクを貼付けたインタビューはLaurence Anywaysの頃のインタビューなのだが、グザヴィエは、この設定について(4:40あたり)、2人の主人公がこれまでの2人の愛を、ラベルや言葉を抜きにしてその愛を貫けるかということを観客に考えて欲しかったというようなことを言っている気がする。今まで男と女という「一般的」なごく普通の愛だったのに、突然、相手が、本当の自分の性は違う、でも、君を愛している、と言われるというのは、本当にchallengingだと思う。二人の人間の愛という意味では関係性は変わらないのかもしれないけれど、その周りにあるコンテクストはまさに一変する。実に興味深い話…。

後日、映画を実際に見てみたが、ストーリーも本当に面白かったし、2人のemotionが痛々しいまでに感じられて、まさに宣伝どおり"special"な愛の物語だった。そして、実際、男と女という「ラベル」が2人を最後まで苦しめるストーリーになっていた。。。特に、フレッド役のスザンヌの演技は心打たれるところが数々あって、ホロリとさせられた。

現実にはありえない色使いや映像が随所にあるのも、いつもの自分なら結構気になってしまうのだけれど、この映画ではそういったちょっとオーバー目なtheatricalな演出が逆に2人の痛々しいまでの感情を引き立たせていてすごく良かった。

「男」、「女」というラベルについてどう考えるか、そして、それを取り巻く愛、というのはこの映画のテーマの中心ではあるけれども、 同時に自分はこの映画は「本当の自分になりたい(彼の場合は女になりたい、という願い)」というある意味人間としての根源的な願いを叶えようとした一人の「人間」の奮闘物語という要素も結構ある気がした。女性の姿で職場である学校の廊下を堂々と闊歩するシーンは見ているこちらもスカッとする気がした。

DVDには特典映像として、グザヴィエ自身が編集段階でカットしてしまったシーンの解説DVDが別についているのだが、そこでどういう意図で数々の場面を撮っていたかがわかってなかなかこちらも面白かった(個人的にはカットしたシーンではなく、映画全編の解説をしてもらいたかった!)。

あと、ケベック独特の文化観というのも非常に興味深かった。わかりやすいところでは、随所に英語がスポット的に登場する。フランス語の映画なのだけれど、風景はフランスとは全く違って、近代的(もちろんフランスにも近代的な場所はあるとは思うんだけれど、やっぱり何かが違う。)で、とても新鮮な感覚の映画に自分には映った。

さて、グザヴィエ・ドラン、前述のとおり、ケベック出身ということで、もちろんフランス語が母語なわけだが、英語ももちろんぺらぺらなので、英語の番組には英語で話している。というわけで、英語のインタビューもちらちら見ていると、「あなたはケベック(orカナダ)の映画製作者ですか?」といったような質問をされているのを何度か見た。

たとえば、これ。5:40あたりで、司会者が"Do you identify as a Quebec film maker?"と聞いた後に(グザヴィエはもちろん、"Sure, yeah."と言っている。)では、Canadian film makerでは?と質問すると、苦笑するグザヴィエ。Sure、といったん言った後に、「いや、カナダに住んでるからカナダ人だとは思うけど、"No, well I define myself as a Canadian person, because I live in Canada. But I define myself as a Quebecois film maker  because my films are soaked with the Quebecois attitude and culture language and vocabulary and the history, so yes I define myself as a Quebecois film maker." と答えている。

つまり、自身の映画はケベック文化にものすごく影響を受けているので、自分はカナダ人ではあるけれど、ケベコワ映画製作者だと思う、ということを述べている。この辺りの受け答えから見ても、ケベックという土地が非常に微妙な立場にあるんだなということが伺える(伝統的にもちろん、独立指向が強い地域ではあるけれど、最近、ケベックであった選挙の争点の一つが確か独立指向かどうかみたいな話がになってこの話がまた再燃していたような気がする。)。と同時に、ケベックの人がその独自の文化に大きな誇りを持っていることも伺えるトークな気がする。 



カンヌのMommyのpress conferenceでも同様の質問が。
40:00あたりで、もしパルムドールを取ったら(結局こちらは取れなかったけど。)canadian victoryかそれともquebecois victoryか?というもっと意地悪な感じの質問をされている。
そして、このときも一同、「あー、またきたわねー。」みたいな笑いを浮かべている。
ケベックの人からするとこの手の質問は、もうclicheなのかも笑。

このときグザヴィエは、以下のように答えていて(合ってるといいけど)、
"whatever my political views are or my view points, I feel like my movie is very Quebecois but it would certainly be an international victory. [...] For me it's not about country or province or old dilemmas or wars that my generation don't associate with or relate with any more by the way, it would just be an extraordinary message to the people of my age and to my generation I see it as, I guess as a hope. And the movie is I would like to think it is; filled with hope. [...] trying to prove to people that they should express themselves no matter what their age is or so that would the way of seeing it rather than victory for a country, which would be great because it would be that would be [?] you know it would be part of our own national history and that would be great that is [?] and beautiful [...]"

要するに、映画はどこかの国とか地方とかの所有物ではない。この映画は、僕たちの世代へのちょっと変わったメッセージだと思う。そして、映画は希望であるべきで、年齢にかかわらず表現したいと思うことを表現すべきだ、ということを言っているんだと思う。政治的な配慮をした発言とも取ることができると思うけれど、自分としては、これはグザヴィエ自身の率直な思いなのではないかと思う。

(ちなみに、この質問を行ったちょっと意地悪な記者のMommyに関する記事はこちら(英語)。まあ、記者なのでこういう鋭い質問をするのは仕方ないことなのかも。)。

もう一つ、このインタビューで面白かった話が、グザヴィエの「タイタニック」に関する話。グザヴィエはタイタニックが大好きらしいのだが、インタビューでその理由を熱く語っている。

"True, so true. It's more than a thing, it's an obsession! When I was a kid and saw Titanic [...] it actually taught me "think big". [...] Someone calls her and says "can you tell me, alright you have all my attentions Rose, it's an actual quote, "[...] can you tell me who's the young woman on the drawing is, oh, on the picture is?"and she says: "Oh, the young woman on the picture is me" then the cut, to the chopper shot and the ocean and you're moving toward the boat and.. it's like a rhythm.. bang! you know, and no time to lose.. waste, sorry... it's just the sense of, notion of rhythm and story telling you know, American people are so good at telling stories and European cinemas are so focused often on doing cinema. And Americans are telling stories and do it well. And Titanic does that well."

冒頭のほうは、グザヴィエがフィーバーしているのがなかなか面白い(笑) 。
実際、グザヴィエは、8歳のとき、ディカプリオにファンレターを出していたらしい。
タイタニック5回見ました。とか、ぜひ共演したいです!と自分を売り込んでいるところがかわいい。と同時に、カナダではいっぱい映画が撮影されているんです(これは事実らしい)、とデータの裏付けを書いてあるところがなんかすごい。。。
http://www.lefigaro.fr/cinema/2014/05/27/03002-20140527ARTFIG00148-quand-xavier-dolan-8-ans-ecrivait-a-leonardo-di-caprio.php

そして、Mommyのコンフェレンスのときも、タイタニックについてちょっと触れている。

"I've also watched a lot of movies when I was a kid, maybe not movies the type of movies that you like (but) the type of the movies that kids like and there are many many codes out there that are very interesting, [...] there are a lot of craft to observe and learn from either because it's good or doesn't feel alright, but I think as a kid, I was fascinated with those codes and those rules. I don't know if I'm gonna talk about Titanic, I feel like we should... (laugh) When I saw Titanic, it dawned on me that there was an actual thinking in film making in order to [?] a moment when something should happen and a moment that should not music when... why... the costumes directing and also it was so ambitious that is sort of gave me the courage, maybe not the courage, but faith in crazy and ambitious ideas and I'm not afraid of that ambition that I'm not scared of people will not like it or will hate it or I don't fear that 'cause you mentioned fear; I have fears, I have the fears falling on those red steps, I have the fear stuttering when I shouldn't but I don't have a fear of telling a story and creating it with people that inspired me."

イメージとしては、映画監督というと、好きな映画は、と聞かれるとクラシックな著名な監督(映画に詳しくない自分からすると縁遠い映画笑。)の作品を挙げるイメージがあると思うが、 グザヴィエの場合は、割と最近の作品で、かつ大衆ヒット映画の代表格みたいなタイタニックを好きな映画として挙げているのがすごく新鮮だった。

しかし、その理由は、結構もっともなところがあり、Laurence Anywaysのクリップでもコンフェレンスのときも"think big" だったりambitiousであるべきだということを自分に教えてくれた作品だから、ということが述べられている。また、アメリカ映画はストーリーテリングに非常に優れていて、ヨーロッパ映画は「シネマ」を撮るということにフォーカスしていることが多いという指摘も結構個人的に面白かった。言われてみると確かにそうういうところあるかもという気がした。

Laurence Anywaysも、確かにヨーロッパ的な情緒のあるお話という部分もあるけれど、話の流れや組み立て方というところにすごく注意を払っている映画(そういう意味ではアメリカンな映画)だという気がしたので、そういう意味でもケベックというのはいろいろハイブリッドな感覚を持ち合わせた人たちなんだろうという気がする。

そして、クロージング(授賞式)で結果的にはパルムドールを逃したけれど、審査員賞を受賞したグザヴィエ。
受賞スピーチもまた、「僕たちの世代」についての感動的な話をしている。
男性では珍しく素直に感動の涙を流している点もなんだかすごく人間らしくて好感が持てる。


グザヴィエのスピーチは35:00辺り。フランス語と英語が混じったものになっている。

ここに掲載されている訳にもあるように、
"ce métier pour aimer et être aimé. C’est en quelque sorte la revanche des Amours imaginaires.(この仕事が、愛し、愛される仕事であることを実感しました。これはある意味『胸騒ぎの恋人』のリベンジなのです。)"という表現がすごく印象に残った。自分が振られてしまう役を演じていた映画に掛けている?ところもちょっと面白いんだけれど、愛し、愛されるという表現が、映画は作品そのものだけで存在するのではなく、見る人がいて初めて作品として存在するんだ、ということを改めて思い出させてくれる文章な気がした。

そして、若者へのメッセージ。上記に載せたコンフェレンスの話と被るところもけっこうあるけれど、最後のフランス語の部分が一番端的に彼の言いたいことを表しているように思う。

"En bref, je pense que tout est possible à qui rêve, ose, travaille et n'abandonne jamais. Et puisse ce prix en être la preuve la plus rayonnante" 
(文は、上記のフランス語版の全文スピーチより抜粋。)

英語だと
"In short, I think that anything is possible for those who dream, dare, work and never give up. And this award would be the most radiant proof."
こんな感じになると思うので、まさに、あきらめず、ambitionを持って取り組めば必ず何かを掴めるんだという若者から若者へのエールになっている。個人的にoser (dare)という単語を使っているところがグザヴィエらしいというか、若者らしいなと思った。思い切って~するというプラスの意味もあるけれど、ちょっと反逆的というかそういう意味合いもあるので、そういう意味でもちょっと粋な単語だと思った。

ここで重要なのは、若者と同世代であるグザヴィエが若者に向かってメッセージを発しているところだと思う。年上の世代が「若者よ、大志を抱け。」というのは、それはそれでいいけれど、やっぱり何となく上から目線というか、そういったところがあるけれど、同世代の人間が同世代に向かって夢は大きいほうがいい!と自信を持って言っているというのは、ものすごく大きな意味を持つように思う。

とりあえず同世代(ほぼ)の人間として、大きな拍手を送りたい。

*どうでもいいトリビア。
グザヴィエのお父さん(Manuel Tadros)は2002年のロミジュリ(ケベック版)に大公役として出ていたようで、ベンヴォーリオ役として出ていたMattやMattの奥さんはグザヴィエとも知り合いのようです笑。

彼は、グザヴィエの映画(J'ai tué ma mèreやLaurence Anyways)にも端役で登場しているようですが、なぜかどちらもアパートを見せて回る不動産エージェント役笑。グザヴィエのお父さんとお母さんはグザヴィエが幼い頃に離婚しているようですが、こんなところを見ても今は仲良しな親子のようですね。