2015年11月27日金曜日

フランス版 三銃士 Les 3 Mousquetaires 2nd single "Un jour(いつか)" がリリース 〜パリテロ事件に寄せて〜 

久しぶりの更新ですが、、、。

少し時間は経ちましたが、、、パリでまた悲しい事件が起きました。
やはり一番衝撃的だったのは、劇場がターゲットとされていたこと。
去年の今頃、私はまさにパリの劇場で、何度も劇場に足を運んで観劇を楽しんでいたので、ひょっとしたら自分も巻き込まれたかもしれないと思うと本当にゾッとしました。

今回のテロは観光地ではなく、パリの地元の方が楽しく集う劇場、カフェ、スタジアムがターゲットになり、何の罪もない、人生をただただ楽しもうとしていた人たちが犠牲になりました。そういう意味で、当たり前の「日常」「幸せ」がターゲットになったと言えるのではないかという気がします。後日、テロの数十分前に撮影された楽しそうな観客の方たちの写真を見て、余計に心が痛みました(ここに写っている何人かの人は犠牲になったのかもしれないと考えただけで悲しすぎます。)。

1月のテロのとき、私の頭の中を駆け巡ったのは、1789の曲たちでした。
人間の命の重さ、そして儚さ。
今回の事件でも、人の命がこんなにも簡単に奪われてしまうことにやるせなさを感じずにはいられませんでした。

そんな中、来年9月から公演が予定されている「三銃士」から2nd シングルがリリースされました。

タイトルは"Un jour(いつか)"。

https://youtu.be/DrMslzbNvqI
スタジオバージョン
剣術の練習風景等メイキング映像も入っています。

https://youtu.be/vhqIUxiCs3M
オフィシャル・ビデオ
ダルタニアン、アトス、ポルトスと離れ離れになってしまう
アラミス。大自然の中でダミアンが歌います。
そして、蘇る楽しい仲間のとの思い出。。。
素敵なクリップです。

歌うのはアラミス役のダミアン・サルグ。

しっとりとしたバラードですが、実はこの歌、失った友への想いを歌った静かな感動を感じる楽曲です。

こちらのオフィシャルHPの解説によれば、アラミスが悪役リシュリューとミレディに捕えられたとき、ダルタニアン、ポルトス、アトスに自分がいなくとも女王の飾り紐を取り戻すためのミッションを続けるよう説得するといったシーンで使用される楽曲のようです。まさに、l'amitié, la fraternité et la solidarité(友情、兄弟愛、団結)といったデュマの作品の大切な価値を歌った歌、とのことです。

この曲自体は、プレスコンフェレンスでも披露されていましたし、テロ事件の前にもティーザーなどがリリースされていたのですが、歌詞がまさに多くの命が無残にも奪われた今こそ、訴えかけるものがある曲になっていると思います。

今回のテロ事件で多くの命が一瞬にして失われたことと同時に、非常に心が痛んだのは、突然愛する者を失った方々の悲しみだったと思います。

#rechercheParisというハッシュタグと共に愛する人を必死で探そうとする夥しい量のTwitter、そして、誰々が亡くなったことが確認されました、という投稿。

最愛の妻を失った男性が、Facebookで「Vous n’aurez pas ma haine(あなたがたは私に憎しみを抱かせることはできない)(原文日本語)」と題する投稿を行ったことも話題になりました。

もちろん、遺族の悲しみは想像を絶するものだとは思いますが、この歌は、その悲しみに、寄り添い、その心に静かに染み入るような、そんな楽曲のような気が私にはしました。

残された者の気持ちが静かなメロディーとシンプルな歌詞で綴られていて、実に泣けます。


多少、意訳も入ってしまいますが、仏語歌詞の内容を少し書いていきたいと思います。

"愛する者が
突然消え去ってしまうとき
彼らはどこに行くのだろう

僕たちを見捨てる人
君たちを傷つける人が
僕たちから遠く離れた場所に
去って行くとき

彼らは僕らの中にある
僕らの思い出の手の届くところに

余計な一言ではなく
必要な行動を
最後のときのために
思い出を留めておくために

いつか、すべての希望が果たされ
過去が再び命を取り戻せますように
今というときと、ここにいない者たちが一緒になれますように
いつか、眠りにつき、最悪のことをもう考えずにすむことを
素晴らしく思える日が来るだろう
僕らは思い出の中でも生きている

残された者はどうすればいいのだろう
痛みがどんなものよりも強いとき
残されたことに罪の意識を感じるとき
(それでも)最後まで生きなければならないとき
誰しも忘れ去られ、終わることはない
もし誰かがまだここで待っているのなら

友がまだ今も恋しい
彼(女)が戻って来ることをいつも思っている"

今回のテロ事件に限らず、愛する人を突然失うという経験を持つ方は他にもたくさんいるのではないかと思います。

「残された者」の責任、愛する者を失った後も続く人生を生きていかなければいけない辛さ。

その中で出てくる「思い出」。
その人は戻ってこない、それでも思い出の中では再びその人の存在を確かに感じることができる。

「残された者」だからこその苦しみ、絶望の中に、思い出は一筋の希望を与えてくれる、そんな気がしました。

最後のそれでも、まだきみのことを恋しく思っている、という正直な告白にグッときてしまいました(これを書きながらウルウルしてる自分。。。)

ときどき思うのですが、本当にミュージカルの曲ってその時代を映しているというか、「鏡」のような存在なんだなと思います。


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